まとまらない夜をどうにかして繋いでまた朝がやってくる。そうやって毎日を一緒に過ごしてきた。玄関前の柵にのぼって見た花火、手に持ってた焼き鳥、割れた鍋のふた、ぎゅうぎゅうにつまった冷凍庫の肉、冷やされてないお茶、蝉の抜け殻、隣の部屋のカップルのあえぎ声、まずかったメロン、高い鼻先、皮が向けた背中、寝苦しかった夜、バイクの音、キッチンの蛍光灯、カレンダーにかかれた予定と毎月の記念日、机の上にだしっぱなしのサプリメント、Tシャツの柄、穿いてるパンツの模様、長くて筋肉質な足、アンクレット、あまり手を繋がなかった事、口癖の「忘れた」、あの憂鬱になるぐらい長くて急な坂。
波立つ事なく、ロマンチックな事も多くなく、穏やかで、それはある意味退屈でつまらない日常だったけど、私の世界は彼に会って180度変わったし、その世界はとても鮮やかで心地がよかった。私はストン、とそれはそれはまっすぐに恋に墜ちて、今もまだそこから抜け出せずにたゆたっている。今、道路を黄色く染めてる木は何ヶ月もすれば白い桜の花を咲かせて、夏には白い空と青い葉が完璧なコントラストを見せてくれる。そうやってゆっくり世界は時間を廻すけど、もう少し、もしかしたらずっと、ここにいるかもしれないし、できる事ならずっといたい。あの人の事を十分に理解できるのは自分だけだと思うし、たくさん傷つけた今も、それは変わらない。
似た人を探さなくなっても、あの人があの場所を越していっても、雨の日も高いヒールの日も世界中の哀しみを背負ったようにわんわん泣いた日もアホみたいに笑った日も酔っ払った日もこの恋は厄介だと思い悩んだ日も大好きだと魂込めて伝えた日も、一歩ずつ一歩ずつちゃんと登ったあの長くて急な坂は、ずっと変わらずにそこにある。あの人には、早い段階で彼女ができるだろうし、気持ちにも慣れて、私の事を少しずつ忘れていくだろう。感情は、そばにいる暖かいものには勝てない。私はそれをよおくしっている。期待はしない。そしてそれがきっとこれから私をまた絶望の淵へおいやるけど、ぐっとこらえる。それができたら手放しでもう大丈夫だって言える。誰かの事を思って泣く夜だってなくなる。いつかまたあの高台から見る景色が変わらずにいてくれたら、私は、あの人と一緒に過ごしためまぐるしい一年を、心苦しくも色鮮やかに愛おしく思い出す事ができる。それまで、しばらくは泣こう。それがいいし、それでいい。来年の10月25日、うんと綺麗にして、あの人に逢いに行こう。